大阪南港より名門大洋フェリーで九州五木に秘境の里を訪ねました。
五木の子守歌で知られ 一度訪ねたかった場所の一つ。
今まで歌詞の意味も考えず 子供を寝かす子守歌だとばかり思っていましたが、五木の子守歌は、家を助ける為子守奉公に出された娘たちの心情を歌にしたものだったのです
早朝 新門司港に着き4時間近くバスに揺られ やっと五木に着き
そこから小型のバスに乗り換えさらに奥地の「せんだん轟の滝」平家落人集落「五家荘」を旅してきました。
五木 道の駅
「子守唄の里五木」は五木の中心地がダムで沈むため新しく出来た代替え地の集落で今はここが五木の中心地のようです
道の駅には物産館や食事処・公園も有るようで この日は「子守唄サミット」が開催されていて「安田姉妹」も来場していたようでテントが沢山建ちイベントが盛り上がっていました。
五木集落はダム建設の為代替地をもらい 石垣から家まで新しい立派な家が立ち並んでいました。


せんだん轟の滝
五木にたどり着くまでも奥深い山岳地帯だと思っていましたが 道はさらに細くマイクロバスに乗り換え、離合には 待避所までどちらかがバックするほど道は狭く山はさらに深い所に滝が見えた。小雨がぱらつき足場も悪いので遠くから眺めただけしたが
落差70mは近くまで行ったらきっと迫力満点だったことと思いました

樅木吊り橋
落人伝説が息づく秘境に 奥深い谷間に架かる2つのつり橋はあります
素晴しい紅葉と景色と恐怖を味わってきました
雨が降っていたので、吊り橋のロープを持ち、傘をさし、写真を撮りサーカスさながらでした。昔は蔓橋で五家荘の住民の生活の為の物が今は観光として渡りやすくなっていました。


五家荘(ごかのしょう)
落人伝説の5つの集落の総称で平家落人伝説の残る奥深い山間に点在するこの集落は、険しい山々にかこまれ人跡未踏の地、焼畑農業でひっそりと暮らしていた
左座家
藤原一族によって九州に左遷させられた菅原道真には2人の子供があり道真死後 2人の兄弟も藤原一族に追われる身となりこの地に身を隠し住み着いた
200年前に建造されたもので中を見学 中は立派な作りで黒光りがしており家紋の「梅鉢」も見られました。
近所で49代当主は「民宿」を営んでいて此処の管理を市から委託されていて入口にいました。

室内から見られる庭

菅原道真の家紋「梅鉢」

緒方家の屋敷
壇ノ浦の戦いで敗れた平家が追っ手を逃れ ここにたどり着き後姓を緒方と改め住み着く
今残っているのは280年前の建造だそうですが中は、この日は見れませんでした。
左座家にしろ緒方家にしても 死ぬわけにはいかず生き続ける為 追い打ちを逃れ住む地は、だれも住めない土地だったのでしょう
そのためこの地方には、豆腐を長期保存する為に平家の落人によって生み出された技法で
豆腐のみそ漬けがありとても美味です